ナースフル

リクルートの歩み

リクルートが誕生したのは、1960年。当時東京大学の学生だった江副浩正さんによって大学新聞広告社が創業されました。
その後、1963年に株式会社日本リクルートセンターに社名変更。

現在のリクルート本社ビルができたのは1981年

そして現在リクルート本社ビルができたのは1981年。社名を、株式会社リクルートに変更したのは1984年のことです。
江副浩正さんが東京大学の学生のとき、全くのゼロからスタートした会社が、約20年で、銀座の一等地に自社ビルを建設してしまったのです。

無料で送られてくる就職情報誌

この当時学生だった私は、4年生に送られてくる無料の就職情報誌が一体なぜ無料なのか?
どうしてこんな大量に、無料の就職情報誌を送って企業として成り立つのか?さっぱり分からずにおりました。
紙代を使い、印刷費用も負担し、さらには郵送費用まで負担するとはどうなっているのだろう?

 

ちょっと考えが浅かったので、『不思議』 からは抜け出せなかったのですが・・・

 

さらに不思議だったのは、自分が4年生になるとやはり請求したわけではないのに、自分のもとにこれらの情報誌が郵送されてきたことです。住所、氏名???いったいどうやって調べるのだろう?

リクルートに誘われた!

このように不思議に思っていたリクルートですが、学生の時に持っていたイメージとしては、新興企業。何をやっている会社なのかさっぱりわからない会社。勝手な思い込みですが、わかろうとしていなかったというのが一番近いかもしれません。

 

当時は、就職協定というものができたばかりで、表向きに内定を出すのは4年生の6月か7月か8月かその頃だったと記憶しています。実際には、もう少し前に決まっているものの発表してはいけないという2重構造があったのですね。そして、実は、4月頃、全く知らない人から電話が掛かってきて『リクルートにこないか?』 そんなふうに誘われたのです。

 

不思議な時代でした。
現在の就職状況から考えると及もつかないかもしれませんが、当時は慢性的な人手不足状態が叫ばれていて、人であれば誰でも良いという感じもあったと思います。私自身、来てくれという話はそこらじゅうにあったのですが、だいぶヘソ曲がりだったもので、決して来てくれとは言ってこないような会社に入りたいと思っていたのです。

 

実際に、自分が入りたい会社に入ることができたのですが、官僚的で新しいことに挑戦できない体質に嫌気がさし3年も経たずにやめることになりました。今考えると、リクルートさんの事をもう少し研究してみればよかったなぁと思いますね。

リクルート事件の真相

 

みなさんもリクルート事件のことは、名前くらいは聞いたことがあると思います。
ただ、個人的には、この逮捕、そして起訴、判決、いづれもでっち上げだと信じています。つい最近では、ホリエモンも有罪が確定し収監されていますが、当時も誰も検察の暴走を止めることはできなかった。

 

悪いことは何もしていないのに、お金を稼ぐ奴は悪い奴だ。そんな認識があるのだと思います。または、あんなに稼げる訳がない。何か悪いことをやっているはずだ。。。私は、実際に悪いことをやっている奴も身近で見てまいりましたが、検察の眼は節穴だと思います。悪い奴は捕まえないのですから。

 

話が変な方向に進んでしまいましたが、堀江貴文同様、江副浩正さんも有罪に値するようなことは何もしていないという認識です。悪くないのに悪者にされてしまった。このイメージは簡単には変えられないのです。話は小さいですが、個人的に同様の経験があるので、このことは是非、認識していただきたいと思うのです!!!

 

大切なことなので、もう一度書きます。
リクルート事件の真相は、完全なでっち上げである。

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